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死生観ノート


                           26.05.26
                          

 「あなたの“死にがい”は何ですか?−死生観ノート」(8)


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8 死の判定

 今回は、「何をもって死とするか」について、医学的な面から考えてみたい。  

 人間の死は、従来医学的には、心臓あるいは肺の永久的な機能停止により判定されてきた。生命の維持に直接関与する重要な臓器では、脳、心臓および肺をあげることができる。これら3臓器はそれぞれ中枢神経機能、循環機能および呼吸機能を分担し、生命現象の確保と維持に不可欠な存在である。この3臓器は互いに支配を及ぼし合いながら密接に関連し、いずれも機能を営むことにより、初めて生命は維持される。換言すれば脳、心臓あるいは肺のうち、いずれか一つの臓器がその機能を失えば、人間としての死を意味する。
 この3者のうち、心臓の機能は心拍または脈拍の有無により、また肺のそれは呼吸運動の存否により、脳のそれは瞳孔反射の様態により、いずれも動的な現象として外部から比較的容易にとらえることができ、死の確認の指標とされてきた。
 すなわち、@ 心臓の拍動停止、A 呼吸停止、B 瞳孔散大を、従来から「死の3徴候」として死(いわゆる心臓死)の判定を行ってきた。この死の判定については近代医学の進歩以前から人類が経験的に用いてきたもので、近代以前においては、医学的知識の無い一般の人間にとっても、ある人間が生きているか死んでしまったかの判定を死の3兆候として行うことが可能であった。家族にも「寿命だな」と納得でき、万一を思って一晩通夜してあきらめて葬儀をするということができた。

    
        古代エジプトの『死者の書』

 ところが人工呼吸器が開発され、これが医療の場で用いられるようになると、患者の呼吸停止は、本人の生命力以外の外部の力によって決定することが可能な状態となった。そのため重症患者において、心拍は持続しているが脳の機能が失われている例が出現するに及び、従来の3臓器の死の概念では律しきれない類似現象として脳死が認識されるようになった。
 つまり「一昔前」なら生と判定された事例が、医学的に肉体的に限って言えば、「生きていない、すなわち死んでいる」と判断せざるをえない状況が起こったのである。しかし、この状態は、人間としては死に直接的に結び付いている。つまり人体のどの部分が再生不可能となった時に、死と判定するかの問題を生起させることになった。

 医学の急激な発達は、今まで故人の周囲の人々によって習慣的に判断されてきた死という状態を、極めて高度な医学的判断によらざるを得ないという状況に変化させた。もちろん、そのために命を救われた例や、過去なら確実に死んでいた人々に新しい人生を与えることができるようにもなった。
 個体の死以外に、個体を構成する臓器レベルの死、さらには臓器を形成する細胞レベルの死等々が考えられるようになると、視点の混同はしばしば論議の混乱をきたすことになった。

 死の判定に関する問題は、その後の臓器移植に影響を及ぼすことになり、やがて医療技術が向上し免疫抑制剤の進歩がみられると、欧米を中心とする諸外国では機能の減退した臓器を自分以外の他の人類のそれで置き換える臓器移植が進展してきた。なかでも心臓移植においては従来の3徴候による死の判定では対応できず、新しい死の定義が必須となった。ここに、脳死の問題は臓器移植と絡んで社会の論議の対象となった。日本では1997年10月16日から「臓器の移植に関する法律」が施行され、脳死者からの臓器移植が法を基盤として行われた。

 次回は、脳死と臓器移植について考えてみたい。



                       2014.5.26

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《筆者紹介》
 大場(おおば) 一石(かずいし)
《略  歴》
 文学博士 元空将補
 1952年(昭和27年)東京都出身、都立上野高校から防衛大学校第19期。米空軍大学指揮幕僚課程卒。
 平成7年、空幕渉外班長時、膠原病発病、第一線から退き、研究職へ。大正大学大学院進学。「太平洋戦争における兵士の死生観についての研究」で文学博士号取得。
 平成26年2月、災害派遣時の隊員たちの心情をインタビューした『証言−自衛隊員たちの東日本大震災』(並木書房)出版。


               


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