本文へスキップ

つばさ会は航空自衛隊の諸行事・諸活動への協力・支援等を行う空自OB組織です。

電話/FAX: 03-6379-8838

〒162-0842 東京都新宿区市谷佐土原町1-2-34 KSKビル3F つばさ会本部

死生観ノート


                           26.06.21
                          

 「あなたの“死にがい”は何ですか?−死生観ノート」(10)


☆-------------------------------------------------------------------☆

10 死の観念(1)

 ここしばらくは、正面から「死」について考えてきたので、どうも紙面が暗くなってしまうが、後数回、死についての話題が続くがご勘弁願いたい。

 我われは、死について考える場合、どうしても日本人としての習慣や伝統のなかで捉えがちであるが、他の文化圏では死をどのように見ていたのか簡単に述べる。  
 人間の死には、自己の死と他者の死の両面があるが、現実にはそのどちらか一方からの見方によって、死の観念や死に対する態度に変化が生じる。一般に他者の死は観察することができるが、自己の死は、一種の極限的な経験として想像の領域に結びつけられている。死に関する科学的で客観的な認識と宗教的、哲学的認識の相違は、ここに生じたといえる。
 しかしそれと同時に、二つの立場に橋を架けようとする試みも行われてきた。そしてその中から、死に関する多種多様の神話や儀礼が生みだされ、独特の身体論や宇宙論や他界観が形成されたのである。

 死はこの地上における一回きりの汚れた肉体の消滅にすぎないとする考え方と同時に、もう一方、死の現象は生の現象と表裏の関係を保ちつつ、死後の世界とも相関的なつながりを保持しているとする考え方がある。
 すなわち、死を生との切断点であるとするのが前者であり、これに対し、死が生の世界を死後の世界へと接続する媒介点であるとするのが後者である。前者の絶対点を強調したのが欧米のキリスト教文化圏であり、それに対して後者の媒介点を強調したのが日本を含むアジアの仏教文化圏であると考えることもできる。これらについて以下考える。

   

  フレデリック・ショパンの墓(フランス、パリのペール・ラシェーズ墓地)

(1) 死の自覚

 極々単純な見方をすれば、中国の孔子は「われいまだ生を知らず、いわんや死においておや」といって、死を未経験の領域に位置づけている。インドの仏陀は死を涅槃ととらえ、永遠の生命にいたるための出発点と考えた。これに対してイエス・キリストは十字架上で犠牲になり、死んで甦った。すなわち、孔子は死を不可知の対象ととらえ、仏陀はそれを生の充実と考えた。そしてキリストの最期は、その死が再生にいたるための断絶とみなされていたことを物語っている。この死に対する3つの態度は、時代をこえ地域をこえて共通に見出される特徴であり、神話や芸術、文学や哲学などの種々の観念や発想の母胎ともなった。

 しかしながら、一般に死の自覚が深まったのは中世であった。孔子や仏陀やキリストなどの活躍した古代世界においては、死をいわば天体の運行にも似た不可避の運命とする観念が優勢であったが、これに対して中世世界は死の意識の反省を通して「死の思想」とでもいうべきものの発展をみた時代であった。当時のキリスト教会が日常の説教で繰り返し宣伝していた死の思想は、肉体の腐敗という表象と呼応していた。肉体の蔑視が、「死を想え」の聖なる合唱へと接続していたのである。
 日本においても「死の思想」が急速に広まったのは王朝時代の末期から鎌倉時代の初期にかけてであった。古代末から中世的世界の形成期にかけて姿を現したといえるが、具体的には各種の「往生伝」の編述(王朝末期)および『地獄草紙』や『餓鬼草紙』などの六道絵の制作(鎌倉初期)となって実を結んだ。そしてそのような動きに大きな影響を与えたのが源信の『往生要集』であった。少なくともヨーロッパ中世の「往生術」と日本の「往生伝」を見る限り、人類の共通した問題として、死というテーマについて関心が寄せられていたことがわかる。

    

  『餓鬼草紙(がきそうし)』 地獄の餓鬼道世界を主題とした絵巻。「正法念処経」の説く、現世の「原因(所業)」に対する来世の「結果(応報)」が描かれる。

 次回から、この死についての考え方のうち、本文章の重要なテーマである「日本人の死との交わり方」について段々と近づいていくことにしたい。



                       2014.6.21

☆-------------------------------------------------------------------☆

《筆者紹介》
 大場(おおば) 一石(かずいし)
《略  歴》
 文学博士 元空将補
 1952年(昭和27年)東京都出身、都立上野高校から防衛大学校第19期。米空軍大学指揮幕僚課程卒。
 平成7年、空幕渉外班長時、膠原病発病、第一線から退き、研究職へ。大正大学大学院進学。「太平洋戦争における兵士の死生観についての研究」で文学博士号取得。
 平成26年2月、災害派遣時の隊員たちの心情をインタビューした『証言−自衛隊員たちの東日本大震災』(並木書房)出版。


               


つばさ会トップページ
死生観ノートトップ



著者近影