演題:「中東勤務を終えて」


                            幹部学校
 1等空佐 有馬 敬晶
 

 

1 クウェートへの防衛駐在官派遣を終えて

クウェートへの防衛駐在官派遣はイラク復興支援派遣輸送航空隊派遣開始に伴い2004年から始まりました。私は2017年6月から2020年9月までの約3年間、第5代目防衛駐在官として赴任し、兼轄先であるカタールとイラクを含めて、その間現地の動向をつぶさに観察する機会をいただきました。そこで、今回は赴任期間を通じて外国人労働者を含めた現地の方やメディアに接する中で感じた雑感について述べたいと思います。

2 中東地域の特性

(1)土地自体が持つ潜在的可能性

 一般的に、中東というと不毛な砂漠をイメージされる方が多いと思いますが、かつては文明が発展した地域であり、現代でもエジプトやイラク、そしてイランでは、豊富な水源が近く、また肥沃な土地があることから地域の食料供給を担っていることは忘れてはならないと思います。
 さらに、世界の原油の残り採掘可能年数は約50年と言われていますが、この地域には未だに豊富な地下エネルギー資源があります。なお、世界の原油埋蔵量によれば、約5割を中東地域が占めており第1位となっています。また、同原油埋蔵量の順位を見ますと第2位は北米となっており、近年はシェール革命といった技術革新により生産量が増加していることが反映されています。
 ただし、考慮しなければならない事として、北米産原油と中東産原油では採掘コストが全く異なることがあげられます。例えば、米州ではシェール層から採掘するためには特殊な技術が必要であり、採掘コストは1バレル当たり40ドルほどとなります。一方、湾岸地域、とくにクウェートでは、比較的浅い地表から採掘するため特殊な技術は必要なく、採掘コストは1バレル当たり1ドルと言われております。
 以上をまとめますと、中東地域は、一見不毛な土地しかなく、近年は原油価格も下落したことから経済的な魅力に乏しい地域という印象で捉えがちですが、実際のところは農業生産力や採掘コストの安い原油埋蔵量の豊富さなどから、未だ土地自体の潜在価値が高い地域であるといえます。

(2)地政学的な要衝

 次に、この地域は大航海時代の昔から地政学的な要衝であるといえます。
 歴史を紐解きますと、15世紀くらいから欧州とインドの間の交易の中継地点であります。また、19世紀から欧米列強の国際政治の駆け引きの中心となった舞台であり、例えばサイクス=ピコ協定など、欧米の論理によって国境線が確定された近代史の影響がいまだに残っています。
 現代においては、中国が積極的に推し進める一帯一路政策において欧州との中継点であり、同国は域内各国に対して大型の投資を約束し、長期協力協定を締結することによって、経済や外交関係を強化しています。また、軍事面については、可能な限り地域紛争に関わらないようにきわめて控えめな関与を続けていると言われています。しかし、最近では例えばイラク軍は無人機CH-4を購入、またカタール軍は2017BP-12短距離弾道弾ミサイルを購入、治安維持分野でもイラクはバグダッド市内にファーウェイ社の監視カメラシステムを導入するなど、中国の関与は徐々に強まってきていることが見て取れます。
 次に、ロシアにとってみれば中東地域は同国の影響圏である旧CIS諸国の外縁に位置することから、本国の安定確保にとって無視することのできない地域であると言えます。
 このため、シリアで紛争が始まった2010年以降、ロシアはアサド政権との関係を深め、ついに20159月、同国とイラクで影響を拡大するISIL(イスラム国)への対応として、シリア国内に空軍部隊を展開するに至りました。こういった動きを見ていると、ロシアは今後も、自国と影響圏の安全のため、中東地域には場所を選びながら関与を続けていくものと思われます。

(3)文化的要因

 なお、中東が不安定となる要因は、前述した外部からの干渉のみではなく、地域独特の文化的な要因が一つの要素となっている可能性もあるのではないかと思います。
 油田発見以前のこの地域は、牧畜や交易を中心としたアラブ人が暮らす地域でした。むろん、農耕を主体とする部族もおりましたが、近代で国家を興し、文化的な影響を色濃く残す主体となったのは、遊牧や行商を行っていた移動生活が中心だった部族でした。このため、家長の権力が絶対的であり、かつ名誉を重んじる交易商人や遊牧民の考え方が色濃く残ることになったのではないかと思います。
 また、7世紀後半に興ったイスラム教では宗教法による戒律の遵守を厳格に信徒に求めたことを契機に、共同体内部で強力な規範意識の形成が進展しました。
 さらに、イスラム教は、8世紀に入りシーア派とスンニ派に分かれますが、各宗派では経典を解釈する際に、字義どおりに解釈すべきか、それとも行間を読むべきかで異なる立場をとりました。この違いは20世紀に入り、お互いを「不信心者」として排除するイスラム主義の思想にまで発展することになり、この結果、イスラム主義者にとってみれば、異なる宗派の人間は、異教徒よりも悪質な存在として絶対的に排除しなければならないとする考え方が生じ、宗派間の争いに暴力が伴うようになりました。
 以上のような要因から、中東地域はイスラム主義や名誉を重んじる土着の民族的文化的な特性があったところに、欧米列強による近代史の影響があり、結果、地域内で一旦何か問題が発生した場合、解決に至るまでの道筋が一筋縄ではいかず、次々と新たな問題を発生させ、安定確保が難しい地域となったのではないかと考えます。

 

3 中東との付き合い方~「日本」ブランドの価値向上を目指して

ここまでのお話をまとめますと、中東地域とは一見、付き合っていくことが難しい地域であるように思えます。しかし、奇跡的に中東地域において日本はほとんどのステークホルダーに対して友好関係を維持しています。
 これは、石油業界やJICAを中心とした、これまでの地道な関係構築の取り組みに加えて、映画やアニメといったソフトパワーの浸透力、さらには家族を大事にし、長幼の序や名誉を重んじる文化的な傾向が日本の伝統的な価値観と親和性があったためではないかと思います。
 一般的に西側諸国に対する感情が複雑といわれるイランや、イラクの一部部族でも、欧米人は嫌いでも日本人の話ならば聞くという方々がいるのも事実です。
 また、これに加えて、イラク派遣が行われた際に派遣先での自衛官の真面目な姿を覚えている方たちも多いという事実があります。実際、クウェート首長家の主要メンバーや軍の高官、さらにイラク政府や軍の枢要な幹部は自衛隊が展開した当時を覚えており、日本人のまじめさ、さらに信頼を裏切らないといった姿勢を非常に高く評価しています。
 そして、忘れてはならないのが、中東地域では軍人のステータスは高く、防衛省及び航空自衛隊は、そこに行くだけで良質な人脈の輪に入ることができるというレガシーを戦略的な武器として最大限に生かすことができる恵まれた立場にあるという点です。
 我が国は中東地域のどのステークホルダーに対しても影響力を持ちうることから、地域の調停役といった役割によって国際社会全体に対する戦略的な価値を高めることが可能であると思います。このためにも自衛隊は人的交流のみならず、防衛協力や装備協力を手段として、今後も引き続き中東地域に関与しつづける必要があると考えます。

 
 
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