社会時評平成22年7月の記事(執筆:西山west)




7月26日

政府は大韓航空機爆破犯のキム・ヒョンヒ(金賢姫)を招き、拉致被害の家族に面会させました。家族たちはいくばくかの期待感をもって接したと思いますが、結局は当初の予想通り何らの新事実は明らかにされませんでした。韓国へ来てから既に23年が経ち、北朝鮮の情報を知り得る立場にはないのですから、これは当然のことでした。

民主党政権は何故このようなことを行ったのか、国民の関心事である拉致問題で被害家族への配慮を示すことにより、鳩山政権の人気浮揚を図ったのだと言われますが、キムヒョンヒの来日は当初選挙前の6月、鳩山政権の時に予定されていたそうですから当たらずとも遠からずでしょう。

来日から帰国までの一連の行動について様々な批判が出ています。出入国管理法上、韓国で死刑判決を受けた金元死刑囚は入国できない規定になっていますが、法務省は特例で上陸拒否をしない判断を出し、出入国に政府がチャーター機を用意、移動にはヘリコプターも使いました。

滞在中は、鳩山由紀夫前首相の別荘や都内の高級ホテルに宿泊させ、日本の野党は勿論、韓国のマスコミまでVIP待遇だと批判しました。4月に来日したファン・ジャンヨプ元北朝鮮労働党書記に対する処遇と比較すると雲泥の差があると私には見えました。キムヒョンヒとファン・ジャンヨプのどちらが大物かと言えば、北の支配層にいたファン・ジャンヨプ氏の方が重要であり比較にもなりませんが、政府の対応は全く違うものでした。二人とも北朝鮮の暗殺対象になっているのは周知の事実であり、警備の厳重さは一面理解できるものではありましたが、批判を呼んでもおかしくありませんでした。

外国の例があります。1988年、ロンドンからNYに向かっていたパンナムの747型機がスコットランド上空で貨物室に積まれていたスーツケースが爆発し、乗員16名、乗客243名、そして墜落地点となった村の住民11名が犠牲になった事件がありました。犯人のリビア人はスコットランドで無期懲役の宣告を受け、服役していましたが末期ガンで人道上の配慮からという理由で昨年釈放されました。スコットランドには死刑がないそうですから、最も重い刑に服していたことになります。しかし、末期ガンだということで超法規的措置が取られ釈放されたのです。

多くの犠牲者を出した米国はこの特赦に反対するなど、内外に論議を呼びました。オバマ米大統領は受刑者がリビアへの帰国時に熱烈な歓迎を受けたことに関して、怒りをあらわにしました。オバマ大統領が他国の対応を批判するのは異例で、釈放に対する米国の厳しい空気を反映していると日経は書いていました。重大な犯罪に対する多くの人の反応はこのようなものでしょう。

キムヒョンヒを特赦した韓国、超法規的に入国させ歓迎した日本は、両国ともに政治的な配慮が行った上に、いわば東洋的な倫理・人道観が働かせたように思えますが、本来は死刑を執行して然るべき犯罪です。歓迎して観光飛行まで楽しませるとは行きすぎも甚だしいことでした。

リビア人の釈放については、後日談があります。英国がリビアの石油が欲しくて、その代償の一つとして犯人釈放に応じたというのです。釈放された犯人は帰国後大歓迎を受け、カダフィ大佐と面会したそうですから、リビア側にも政治的な思惑が存在したことは間違いありません。

今回の民主党政権の行為の裏に何があったのか、単に人気高揚のためであるなら愚策でした。中井国家公安委員長の、「可能なら、(日本を)見せてやりたかったですよ。彼女は一生、外国に出られないかも知れないでしょう」という遊覧飛行に関する釈明は釈明になっていません。情を示したつもりでしょうが、心ある人は笑止千万と思ったことでしょう。

日本政府と韓国政府の間に何か秘密の協議があったのか、これは分かりませんが、英国のしたたかさは是非真似てもらいたいものと思います。


7月15日

 社会時評(7月13日)に「これからは多くの政党にプロ自衛隊勢力を形成する努力が必要な時代となったと思います。」と書きました。その理由について若干補遺します。

 戦前・戦後世代の人たちの中に根強くある共産主義アレルギー、社会主義アレルギーが、今の若い世代の人たちから消え去っているのではないか、左翼をさしたる抵抗感無しで受け入れているのではないか、と私は思います。
 
 世論調査でも菅内閣の支持率は3割台に低下しましたが、民主党の支持率はさして低下せず、参院選では民主党の得票が2270万票、自民が1950万票と議席数とは逆の結果が出ています。昨日の産経正論で岡崎久彦氏は「菅内閣では、総理、官房長官、幹事長いずれも過去の言動をたどれば筋金入りの左翼である。」と述べておりますが、このことをマスコミも世論もさして批判することはありません。即ち、旧社会党系の人脈は国民に抵抗なく受け入れられていると言っても過言ではないでしょう。この傾向を嘆いているのは、産経新聞や雑誌「正論」寄稿者たちなどどちらかと言えば少数派です。

 去年の衆院選で民主党が勝ったのも、このような意識が既に多くの国民に定着している結果と思えます。自民党時代でも、河野前議長のような自虐的な思考を持った自民党の議員が多かったのを思い起こします。安倍内閣誕生の時は、真正保守の内閣が誕生したと思いましたが、自民党内でも足を引っ張る人が多く、内閣は敢え無く1年で消え去りました。
 
 昨日は国民新党の亀井代表が社民党との統一会派を呼びかけました。夫婦別姓、外国人参政権反対を唱えていた人が何故社会主義政党にすり寄るのか、がっかりしました。55年体制の時であればあり得ないことです。
 
 このような左翼容認の傾向、言いかえれば社会主義と自由民主主義の枠が消えるような傾向が増していると感じます。民主党議員の出自の多様性はその典型ではないでしょうか。
 
 色分けがはっきりしていた55年体制に戻ることは、もうあり得ないとするなら、この状況に即した対応をするしかありません。国政に大きな影響力を持つような政党には、相応した軍事に精通した議員がある程度の人数がいなければ、インド洋撤収や普天間移設問題のような愚挙が繰り返されるでしょう。議員は自衛官経験者である必要はありません。国政を担うにふさわしい識見を持った人であればよいのです。
 
 そのような観点から「これからは多くの政党にプロ自衛隊勢力を形成する努力が必要な時代となったと思います。」と前回の社会時評に書いた次第です。


7月13日

参院選が終わり、比例区に自衛官出身を看板に出馬していた二人は、一人は当選し、一人は落選しました。当選したのが自民党から出た宇都隆史氏(防大42期、1974年生まれ)、落選したのが民主党から出た矢野義昭氏(京大卒、1950年生まれ)でした。先ずは宇都さんに当選おめでとうと申し上げます。

このお二人には自衛官出身とはいえ経歴などに相違点が幾つかあります。政権与党からの出馬と野党からの出馬、年齢は34歳と60歳、自衛官の経歴10年と33年、防大卒と京大卒等です。

宇都氏の自衛官経歴が約10年、中堅幹部になりかけの時に退官し、自衛隊経歴は未だしの観があります。そして若さの故か、訴える政策は理想に過ぎるところが なしとしません。即ち,信条が「日本主義」だそうですが、この言葉は人々に直ちに理解されるとは思えません。

宇都氏に比べ、矢野氏は陸将補まで昇任し、十分な自衛官としての経歴を持つ人物です。主張するところも、危機管理、領土保全、自衛官の処遇や勤務環境改善、防衛産業の育成等自衛官出身らしい主張で現実的政策を掲げています。

これらの点だけを取り上げると、矢野氏が当選する可能性は宇都氏と比べると低いものではないと思われます。ところが現実の得票数は矢野氏は宇都氏の6分の1、約1万8千票に過ぎませんでした。なぜこのような差が出たのでしょうか。その一因はOBを含めた多くの自衛隊関係者が民主党の安全保障政策に不安感を持っていることにあると思われます。民主党は、かつて自衛隊は違憲であるとの主張を繰り広げ、自衛隊を目の敵にしていた社会党出身者を多く含み、その人達の一部は現政権で閣僚にまでなっているのです。そのような政党に多くの自衛隊関係者がアレルギーを持つのは不思議ではありません。これが矢野氏の落選の理由のひとつとなったものでしょう。

そのような民主党ではあっても政権政党である力は強力です。その中に防衛の専門知識を注入するために自衛官出身の人物が存在することが必要です。民主党政権が十ヶ月前に誕生してから鳩山首相の時を含み安全保障政策では幾つかの政治的に未熟とも思える事象がありました。即ち、政治家に軍事的な知識が欠如していることが日本の不利益に結びつくことが目立っています。

自衛官出身の国会議員に何を期待するか、これはいろいろな視点があって一概には言えませんが、一般的には防衛の専門知識を国政の場に役立たせて貰いたいと言うことです。我々自衛隊関係者としては国の安全保障などの重要な分野の他に、自衛官の処遇改善など卑近な要求もやってもらわなければなりません。

自民党と社会党が2大政党を形作っていた55年体制の時代は敵味方の分別が容易でしたが、今は違います。近いうちに政権交代があるとは思えませんし、自民党にもかつての力を回復するには時間がかかりそうです。強固な安全保障政策を実行してゆくためにも、これからは多くの政党にプロ自衛隊勢力を形成する努力が必要な時代となったと思います。